津田直士「名曲の理由」File02. スティービー・ワンダー「Isn’t She Lovely」

今回は スティービー・ワンダーの「Isn’t She Lovely」をご紹介します。

 

☆ 曲とスティーヴィー・ワンダーの作品について

この曲は1976年にリリースされたスティーヴィー・ワンダー18枚目のオリジナル・アルバム「Songs in the Key of Life(キー・オブ・ライフ)」に収録された曲です。
このアルバムの中でも人気の高い曲で、日本では過去CMに使用されていることから比較的よく知られた曲です。
愛娘アイシャの誕生を喜ぶ内容の歌詞と、実際彼女(赤ちゃん)の声が曲中に使われていることで、深い愛と喜びに満ちた作品となっていますが、大人になったアイシャはスティーヴィーのステージやアルバムでボーカリストとして共演もしています。

私事ですが、大学に入ったばかりの頃、私はスティーヴィー・ワンダーの音楽に心酔していました。
そしてこのアルバム「キー・オブ・ライフ」を、当時流行し始めていたウォークマンにダビング、毎日エンドレスで聴きながら大学へ通っていた記憶があります。

クラシック音楽を聴いて音楽の魅力に目覚め、美しいメロディーの名曲を求め続けていた私にとって、ビートルズやポールサイモン、クイーン、そして日本の伊勢正三や松任谷由実の音楽はそのまま体に染み込んだのですが、ブラックミュージックはメロディーに「ブルーノート」があるからでしょうか、なかなか馴染むことがありませんでした。
おそらく私の場合、美しいメロディーというのは、クラシックから受け継がれた「ドレミファソラシド」が基本になっていたのでしょう。

そんな中、高校生のある日ちょっとした興味でスティーヴィー・ワンダーの曲をレコード店で試聴した僕は、その音楽が持っている、とてつもなく強くて暖かいエネルギーに圧倒されました。
何か、今まで自分の知っていたアーティストの作品とは別の、未知なる魅力を感じたのです。
そしてあっという間にスティーヴィー・ワンダーのとりこになり、片っ端からその作品を聴くことになったのです。

名曲探しの旅をしていた私にとって、スティーヴィー・ワンダーの音楽との出会いは大きなターニングポイントになりました。
それは、ブラックミュージックとの出会いだったのです。

 

☆ ブルーノートの不思議

スティーヴィー・ワンダーの作品で、「SUPERSTITION(迷信)」という名曲があります。「Talking Book(トーキング・ブック)」という、1972年にリリースされたアルバムの中の一曲です。
その出だし、つまりメインメロディーを聴いた時に僕はあることに気づきました。

歌詞の「…on the wall」そして「…to fall」という部分の、スティーヴィー・ワンダーが歌う音程が、音符では表せない高さだ、という事実です。
原曲のキーでいうと、F♯とGの間の音程です。

その頃私はすでに「ブルーノート」という言葉とその意味は大体知っていたので、聴いた瞬間に(そうか、これが本物のブルーノートなんだ・・・!)と感動したのです。

「ブルーノート」という旋律の魅力は、黒人にとってネイチャーな音楽性を、西洋音楽のフレームで表現しようとした時に、ある音程が微妙に、西洋音楽のフレームから外れるところにあります。
ハ長調(Cのキー)でいうと「ドレミファソラシド」のうち、「ミ」や「シ」の音が、少し低くなる(フラットする)。これが、黒人ならではの、ネイチャーな音楽性です。

その低くなる度合いを、微妙に、ではなく、無理やり半音にしてしまうと、「ミ」が「ミ♭」に、「シ」が「シ♭」になるので、そこから西洋音楽のフレームに無理やり合わせた「ブルーノートスケール」というのが生まれました。
けれども、それはあくまで便宜上のことなので、黒人であるスティーヴィー・ワンダーが心の中で一番美しく響くメロディーを声で奏でると、西洋音楽の「ミ」でも「ミ♭」でもない音程が自然と生まれてくるわけです。

 

☆ スティーヴィー・ワンダーに気づかされた名曲が生まれる背景

他にもスティーヴィー・ワンダーの作品には、声そのものや強くうねるリズム、大地から光に向っていくような楽曲の強い生命力など、たくさんの魅力に満ち溢れていますが、その多くはやはり、黒人ならではの魅力、つまりブラックミュージックの魅力と重なっていました。
ですから、私はスティーヴィー・ワンダーとの出会いによって、アース・ウィンド&ファイヤー、ダニー・ハサウェイ、ルイ・アームストロング、ジョン・ルイス、アル・ジャロウ、マイケル・ジャクソンといった素晴らしいアーティスト達が生み出すブラックミュージックと、その後巡り会っていったわけです。

さて、その一方で、僕はスティーヴィー・ワンダーの音楽から「黒人であるが故の魅力」と「黒人というネイチャーを超えた広がり」のふたつを感じ取っていました。
ネイチャーが持つ魅力には深さとエネルギーがある一方で、それを感じ取ることのできる人だけに伝わりやすい、という狭さが共存しているからです。

一方、世の中にはあらゆる民族の、あらゆるスタイル、ジャンル、方向性の音楽が存在しています。
多くの才能あるアーティストは、自らのネイチャーが生み出す魅力だけでなく、世の色々な音楽の可能性を自分に取り入れ、音楽的な広がりを求めていく、という傾向がありますが、スティーヴィー・ワンダーもやはりそうでした。
あらゆるジャンル、音楽表現を取り入れ、いち早くシンセサイザーを活用した多重録音に取り組み、ジャンルにとらわれない作品を生み出し、発表していきました。そしてその姿勢は、スティーヴィーのオリジナリティをより豊かにする結果へつながっていきました。

スティーヴィー・ワンダーと出会った高校生の私は、名曲探しの旅の途中で、「自らのネイチャーが生み出す魅力に世の中のあらゆる音楽を取り入れて、全く新たな、オリジナリティに満ちた作品を生み出す」という姿勢がエネルギー溢れる名曲を生み出すのだ、ということを教えられたのです。
これは「オリジナリティ」「ネイチャー」「普遍性」「多様性」といった要素と、名曲の関係の、ある大切な答えだったのです。

そして私にとっては、「トーキング・ブック」や「インナーヴィジョンズ」といった名盤がたくさんある中で、「Songs in the Key of Life(キー・オブ・ライフ)」というアルバムが、当時のスティーヴィー・ワンダーのそういったオリジナルな魅力が集約された、神アルバムだったわけです。

 

「Isn’t She Lovely」の魅力は、輝くような明るさと、未来に向かう希望の光、そして深い愛情と幸せに溢れた感情が、そのまま音楽になっているところです。
歌詞を見ると分るように、愛娘アイシャが誕生したことの喜びと、その可愛さへの感動がこの作品を支えているわけですから、音にそのような明るいエネルギーが満ちているのは当然ですね。

つまりこういったテーマが、まず「Isn’t She Lovely」という作品にはあって、それらを表現するメロディーやハーモニー、リズム、さらには歌や演奏によって、きちんと世界観が表現されるわけです。

 

① メロディー

この曲が名曲だと私が感じるのは、確固たるオリジナリティと、にもかかわらず誰が聴いてもすぐに口ずさめるシンプルな魅力が共存しているからです。
「その作品が誕生するまでは世の中になかった」のにも関わらず、「多くの人が聴いた時にとても馴染みやすい感じがする」……これは、不思議なくらいに世の名曲が共通して持つ性質です。

馴染みやすい理由はメロディーを見ればすぐに分ります。

『移動ド』で表記すると、メロディーはしばらくの間、「ミファミレ~ドド~」の繰り返しです。
続くメロディーも「ミファソソ ミファソファ」「ミミミ ミレドレ~ドラ」です。
そして再び「ミファミレ~ドド~」がきて、「ラ~ソ~ レド~」で終わります。

非常にシンプルです。

 

② 和声

そして、このシンプルなメロディーは、この曲のコード(和声)進行との関係によって、普遍的でありながらそのオリジナリティを確固たるものにしています。

コード進行は、この曲のキーであるEの並行調(Eと同じドレミファソラシドを支えるマイナーキー)のC♯m7から始まり、そのサブドミナントのF♯mをメジャーにして9thの響きでより豊かにしたF♯9、そしてドミナントのB7の代わりに豊かな響きをプラスした分数コードのF♯m7/B、を経てトニックつまりホームのE。これを繰り返します。

ちなみに、コードには、あるコードを聴くと、次にあるコードに移った、どんな人でも安心する、という不思議な動きがあります。
「ドミナントからトニック」「トニックからサブドミナント」という動きが、まさにそれです。
このコード進行は、ちょうどこの動きがそのまま使われています。しかも一小節ごとに。
このことで、心がとても気持ち良く、次へ次へと移っていきます。
先ほど例で取り上げた「SUPERSTITION(迷信)」が、16小節もの間、ずっとトニックでステイするのと対照的です。
こういったところにも、その作品ごとにスティービー・ワンダーが世界観を創り上げている様子がわかります。

続く展開は、Amaj7から、並行調のC♯mに向かうG♯7(※ここでは正確にはG♯♭9というdimに近い複雑な響きのコードが使われます。)、そしてC♯mからはまたさっきと同じF♯9、ドミナントのF♯m7/B、トニックのEへ、と戻ります。
最後に、この曲を象徴するリフがユニゾン(複数の楽器、パートが同じメロディーを奏でること)で演奏されます。

 

③ リズム

そして、そのメロディー、ハーモニーを、6/8拍子の軽快なリズムが支えながら、輝くような明るさと、未来に向かう希望の光を音楽にしているのです。
リズムのポイントは、普通の8ビートではなく、3連によってリズムが跳ねているところですね。
新たな生命の誕生、という躍動感を、跳ねたリズムで表現しています。

つまり、シンプルなメロディー、そのための和声、それらを支えるリズム、といった3つの要素が、きちんと必然性を持ちながら、明確にひとつのテーマに向って結びついていることで、確固たるオリジナリティが生まれ、また明確なテーマに向っているからこそ、そのテーマが表現する世界観が聴いている人にしっかりと届くわけです。
いわばこれが「名曲の理由」です。

私は、このことを分りやすく伝えるために「生きている」という表現を使っています。

名曲は生きている。

僕が人生で常に探し求めているのは、多くの人の心を動かす「生きた作品」なのです。

(スティーヴィー・ワンダーのボーカルは世界を代表するほどの魅力と才能を持っており、さらに同じくハーモニカプレイもボーカルと負けないほど、圧倒的な才能と魅力を持っています。それらの豊かで心に沁みる美しさと感動も、この曲ではじっくり味わうことができます)

 

 


 

【著者プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)

小4の時 バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “ 音の謎 ” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、’85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX (現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。
‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony) や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS) 、BLEACHのキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書「すべての始まり」や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス『ソニアカ』の講義など、文化的な活動も行う。2017年7月7日、ソニー・ミュージックグループの配信特化型レーベルmora/Onebitious Recordsから男女ユニット“ツダミア”としてデビュー。

FB(Fan Page) : https://www.facebook.com/tsudanaoshi
Twitter : @tsudanaoshi
ニコニコチャンネル:http://ch.nicovideo.jp/tsudanaoshi

ツダミア Official Site:http://tsudamia.jp

 

moraで 津田直士の音楽を聴くことができます。

・プロデューサーとして作曲・編曲・ピアノを手がけた
DSD専門自主レーベル”Onebitious Records” 『あなたの人生を映画に・・・』
https://mora.jp/package/43200001/OBXX00001B00Z/

・プロデュースを手がける
mora Factory アーティストShiho Rainbow の『虹の世界』『Real』『星空』
https://mora.jp/artist/425346/all